2017年03月24日

妻の異変〜突然のお別れ?


それは、突然やって来た。


「ちょっと、すごい目まいがする。」


そう言いながら、座り込んで、苦しそうにしている妻。

洗濯物を部屋干しながら、何気ない会話をしていた最中での出来事。

確かに、以前も目まいがするとかで通院していた歴史があるが、苦痛でうずくまる程ではなかった。


「気持ち悪い? 吐き気する?」

「大丈夫。」


しかし、どう見ても大丈夫そうでない。

私は、躊躇なく119番に連絡した。

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そして、妻の容態が、さらに悪化していった。ゴミ箱を抱えて、嘔吐体勢に突入していた。

「きちんと話せるか? 両手足動くか? 目は見えるか? 頭痛は?」

ほぼ、無反応だ。

脳梗塞、脳溢血、くも膜下出血を疑った。

私は、救急車の到着に備えて、妻を玄関まで連れてゆき、長女とともに待機させた。妻は、完全に立てない動けない動かせない状態で、苦痛に歪む顔が痛々しい。

私は、外に出て、近づいてくる救急車のサイレンの方向に向かった。私は、目に飛び込んできた救急車に両手を挙げて合図を送り、自宅前まで誘導した。

簡単に状況を説明した。隊員の方たちに運ばれて、救急車に乗せられた妻は、微かな声で何かを言っていた。

隊員の呼びかけと、問診が続けられていた。

そして、さらなる容態悪化を知らされて、一瞬目の前が真っ暗になった。


「後頭部の鈍痛と、両手足にしびれが出てきたそうです。」


隊員の説明に愕然としながらも、妻を見守ることしか出来ない。かなり緊急を要する事態じゃないのか。

しかし、受け入れ先の病院がなかなか決まらずに、10分以上が経過した。そして、懸命の探索のおかげで、搬入先が決まり、そこへ急行した。

救急車は、他の車両を蹴散らして、職務を遂行してくれた。動揺のあまり、時間の感覚が麻痺して、何分で病院に到着したのか思い出せない。

ストレッチャーごと処置室に連れて行かれた妻を静かに見届けるしかない。

数分後、丁重に妻の安否を気遣う言葉を残して、隊員の方たちは何事もなかったかのように落ち着いて病院を後にしました。私は、深々と頭を垂れて感謝の気持ちを伝えました。

そして、検査のためと説明されて、身動きひとつしない妻が、移動していく状況を見て、普通の精神状態でいられなくなりました。途中で嘔吐したらしい痕跡が、首元の服に付着していたのを見て、ただならぬいやな予感がしました。


このまま帰らない人となるのか?

冗談じゃない。勘弁してほしい。


散々、苦労のかけ放題で、まだ何も償いをしてない。

目頭が熱くなり、自然に涙腺が緩む。


お願いだ。なんとか無事でいてくれ。

他界した、妻の両親、私の両親に合掌してお願いした。

何とか、助けて欲しい。何とかしてください。お願いします。


待っている時間が異様に長く感じる。待合室のテレビの音声が異次元の雑音に聞こえて、頭の中を素通りしてゆく。そして、妻との思い出の映像だけが、次から次へと蘇る。


オレを置いて、先に死ぬなよ。まだ、何もしてないだろ。今朝、伊勢神宮に行きたいって言ってたじゃん。勝手にオレを残して死なないでくれよ。


ハンカチを持ってないので、両腕の袖で熱いものを拭くしかない。

そして、時間の重みに押しつぶされそうだった。


約2時間後に、妻は戻ってきた。ピクリとも動かない。そして、吸い込まれるように、問診室に消えていった。

しかし、ここに戻って来たということは、少なくとも、まだ生きているということだ。

少なからずの安堵を感じた。そして、問診室に呼ばれて、妻の容態を知らされた。


「とりあえず、脳には異常は見られません。」


先生が、神様に見えた。


目の前のレントゲン写真を見つめていたら、静かにそう告げられ、ここ数時間の絶望と緊張から一気に開放されたため、無意識に顔面がくしゃくしゃになり、言葉がでなくなってしまいました。


「奥様は、コレステロール値と血糖値がかなり高めですね。気をつけてくださいね。」


先生のそのお言葉に返答が出来ずに、こっくりとうなずくのが精一杯でした。


「ありがとうございました。」


ヒソヒソ話風になんとか言葉にすることができた。


以前からの持病である目まいが、急激に悪化したらしい。点滴をされて、処置室に移動して、付き添いが許された。まるで蝋人形のように身動きしない妻が、ふびんでならなかった。

散々、つらい目にあわせて、苦労をかけ、汚名を着せて、ストレスMax連続の日々であったはずだ。しかし、彼女は逃げ出さなかった。あまり愚痴も言わなかった。ひたすら耐えて耐え抜いた。だからこそ、これからの人生は、

My Wife First 


でいこう、と決心していた矢先の出来事であった。


配偶者の突然の健康状態の急変を身近に体験して、近未来の想定される<決別>を疑似体験したと言ったら大げさかもしれないが、それが今生の別れとなる可能性を否定できない年回りに達しているというのも事実だ。

この感覚は、20代では、まだまだずーと先の話で、30代でもあまり身近に感じないだろう。40代にさしかかれば、多少は意識するかもしれない。しかし、50代に突入して、自分の健康状態の劣化を日々確認させられると、自分の人生も妻の(配偶者の)それもついに最終章に駒を進めたのかという自覚が出てくる。


「だから、オメーは何が言いたいんだよ。」



つまり、奥様(配偶者)が元気な内に、大切にしてあげましょうね、というお節介なご提案です。これは、親孝行したくとも、親はなし、と同じような思考です。


失いかけて思い知る、その大切なひとの存在価値。


自宅に戻り、薬を飲んで、静かに寝ている妻の傍で、この記事を書いています。(入力しています。)


とにかく、無事でよかった。

生きていてくれて本当に良かった。


しかし、残酷だが、考えたくもないが、

<永遠のお別れ>

は、いつかは避けて通れないシーンだ。


だからこそ、お互い元気なうちに、目一杯かみさん孝行をしなければと、ひしひしと痛感した一日でした。


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posted by Sun9 at 03:06| 事件簿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする