2016年09月21日

自己破産できない理由

ご訪問ありがとうございます。


本日は、過去記事を読んでいて、ふと気がついたことを記します。


私は、コンビニ経営に行き詰まり、生活費が稼げないという状況に陥ってしまった。しかし、違約金が払えないので廃業もできない。そして、月ごとに負債が増え続け、家計は火の車から、燃え尽きる寸前まで悪化していった。一歩先の生活すら見通しが立たない。

そして、現代版徳政令の恩恵を受けることができた。

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しかし、通常、コンビニ各社は、契約に際して連帯保証人を要求してくる。

私の場合は、初回契約の時は、私の父親が快く引き受けてくれた。そして、その後父親が他界したわけだが、その後リロケートの再契約までは、連帯保証人は再要求されずに不在であった。そして、再契約の時の連帯保証人は妻でも大丈夫ということで別段その件に関しては苦労はなかった。

他社及び他のオーナーのケースに関しては何ら情報がないので、正直な話、私のケースが一般的なのかイレギュラーなのか不明だ。

万が一、この連帯保証人が自分の親兄弟とか、叔父さん伯母さん、友人知人であった場合は、そう簡単に自己破産という選択もできないかもしれない。

本部の狙い通りの成り行きだろう。

他人様に迷惑をかけて、自らの破産の道を突き進むのには己の良心との戦いになる。

そして、答えは NO に導き出されてしまう場合がほとんどだろう。


つまり、一度契約してしまうと、そう簡単には辞めれない、逃げられない、ということだ。

「一度捕まえた奴隷は、そう簡単には自由を認めないぞ。自由が欲しければ、自分を買い戻せよ!」(=違約金払って辞めろよ!)

「考えても見ろよ。脱サラの甘い夢を見て、自ら金を払って立候補してくれた、ノーリスクノーコストの全自動現金集金所番人(店舗オーナー)をそう簡単に手放すわけないだろ。契約をした時点で、本部の勝ちなんだよ。それぐらいいい加減わかれよ。」


本部の本音は不明だが、このように思ってるんじゃないかと疑いたくなるような事柄があまりにも多すぎる。


激怒するオーナーをよそに、契約書を盾に暴虐無人を繰り返す本部には、もはやなにも期待しないというのが基本スタンスにならざるをえないだろう。


こうなると、本当に逃げ場のない生き地獄、リセットのできない再挑戦不可能の希望のない人生に落胆し、生きる気力すら奪われるかもしれない。

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そう、私はある意味、不幸中の幸いであった。

私は、第三者に迷惑をかけることなく、マネージャー(妻)の道連れだけでコンビニ脱出をクリアできた。(いや、厳密に言えば、善良な多数の債権者様にも多大なご迷惑をおかけしてしまった)

しかし、妻にしてみれば、たまったもんじゃないだろう。

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勝手にコンビニおっぱじめて、長年母子家庭を押し付けられて、そして、50歳過ぎてから新天地(リロケート先)での就業と苦労。そして、バブルの尻拭いをさせられた挙句に、最終的には連帯保証人として破産の道連れ。結果として自己破産を強いられて、そして社会的信用を失い、金融資産をほとんど全部失い、現状青色吐息の貧困生活。

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「お前、よく離婚されなかったな。普通、奥さん逃げるだろ、そんなんじゃ。」

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まさしく、その通りでございます。

一言の弁解もございません。


一方的に迷惑をかけて、耐え難い苦痛を与え続けて、最後に不幸のどん底に突き落としてしまった。


本当に、苦労のかけ通しだった。本当にすまないと思う。

どんな謝罪の言葉も陳腐に響くだろう。


一生涯かけて謝意の念を抱き続け、恩返しするしかない。


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いや、その前に、マジで逃げられるかもしれない。(苦笑)



コンビニ地獄で苦しんでいる方に切にご提案させていただきたい。

不本意な生活を強いられているのであれば早急にコンビニ奴隷契約と決別するしかない。

契約満了、円満な話し合い、5年経過後の裁判による契約解約、違約金の支払い等可能な方法で最速速攻で行動するしかない。


Time is money.



そして最後の切り札として、状況的に、自己破産が許される環境であれば、躊躇は禁物だ。

ドロドロの経済難民に成り下がる前に、なんとか現状打破を図るべきだ。

コンビニ経営離脱者=経営管理能力欠如者=負け組=人生の落伍者=価値なし人間

あくまでも目安だが、これが、私が経験した世間一般的な元コンビニオーナーの評価だ。

そして、某派遣担当はこう付け加えた。

「コンビニ業界は体質的にブラックです。有給、社会保険を完璧に遵守しているオーナーは少ないのが現実です。」

その評判が、元オーナーの評価を下げているのも事実だろう。

また、特に、次に進むべき道、何らかのビジョンが何もない状態でのコンビニ離脱は、やはり厳しく断ぜられる。某派遣会社の担当者に面と向かって言われました。

「あなたの履歴書拝見して、お話をお伺いして、強く感じるのは、ご自分が何に目標を置いてこの先人生を歩みたいのかというビジョンが何も伝わってこない。あなたという人間に対して、何ら魅力を感じない。多分、他社の採用担当者も同じように感じるでしょう。」

しかも、大抵が、40代〜50代後半の方々であり、高齢者としても、その後の人生の職業の選択枝は極端に狭まってしまう可能性が大であり、悲しいかな、それが現実だろう。

なかなか難しいかもしれないが、できれば、コンビニ在職中に進むべき道を決めておくのがベストなのだろう。

そして、若ければ若いほど、チャンスはいくらでもある。



しかし、そう極端に悲観する必要もないと思う。

なぜなら、私ですら、職種を限定すれば、まだまだ現役で頑張れるフィールドが存在するのを身をもって体験した。

55歳からの就活〜残された人生をどう生きるべきかにて体験談を連載していますので、よろしければご覧くださいませ。

50歳半ば過ぎの私でさえ、敗者復活戦に参戦して、何とか生き抜いている。

偉そうに言える立場ではないが、人生、これからと思った瞬間が、新たなスタート地点だろう。そして、そのスタート地点には、誰でも立てるはずだ。


最後に、ご参考になればと思い、公開させていただきます。

自己破産の手続きにおいて、ほとんどの提出書類は、原本をコピーして、弁護士に提出するという作業がメインだが、一つだけ面倒な仕事が課せられる。裁判所に提出する書類の中に、自らの破産に至った経緯を省みて、その反省文みたいなもの(陳述書)を提出しなければならない。これは、かなり重要な書類であるらしい。

「こいつ、借金を踏み倒すとは、とんでもない人間だ。しかし、一体、どうして、そうなってしまったのか、また、それに対して、今どのように考えて反省しているのだろうか。再犯の可能性はあるのだろうか。」

というような観点で審査されるようだ。裁判官の心情にそぐわなければ、当然免責は却下されるだろう。費用と時間の無駄は、絶対に避けなければいけない。なぜなら、もう後戻りは決して許されないからだ。

免責を勝ち取らなければ、意味がない。

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確かに、これは、かなり大変な作業であった。時系列で、人生の転機を思い出し、自分なりに反省点を見つけて、なぜそうなったのか、そしてこれからはどうするべきなのかを詳しく記さなければならない。

以下、その原本を公開させていただく。

同胞諸氏の何らかの参考になれば幸いです。

(お願い)部分的に〇〇で置き換えてある部分があります。ご了承くださいませ。


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現在に至る経緯


 昭和62年◯月◯日に脱サラをして夫婦でコンビニエンスストアーの経営を◯◯区で始めました。フランチャイズ契約を締結して、300万円支払いましたが、将来の成功と発展と繁栄を信じ決断しました。経営状態は順調に推移し、家内と共に仕事に励み充実した日々を送っていました。そして、いわゆるバブル経済と言われた平成元年に将来的に有望な資産と判断して千葉の横芝に現況宅地の土地を30年ローンで購入しました。 毎月の返済は9万程でしたが、バブル経済崩壊後も順調に滞納もなく返済していました。しかし、平成4年、平成7年に子供が生まれ、また義理の母親を引き取り面倒を見なければならない状況となり、徐々に経済的な負担が増えていきました。また、近隣に競合店の出店が相次ぎ店の売り上げもかなり影響を受けました。そして家内も喘息の母親と子供達の面倒で店の手伝いが出来ない状態でした。それでも、家賃の低い所へ引越しをし、(◯◯から◯◯へ)また、深夜一人で勤務して人件費を削減し月30万円の固定費を節減して、何とか切り抜けていました。しかしながら、平成13年に同居の義理の母が亡くなり、14年に私の父が動脈瘤の手術をして下半身不随となり、また平成16年に母親が脳梗塞で倒れ半身不随となり、想定外の出費に追われ、その後も私の両親の介護問題も浮上し、経済的にも精神的にもかなり追い込まれた状態に落ち入ってしまいました。また、平成17年に長女が中高一貫の私立中学に合格しましたが、不登校となりその後平成20年の次女の私立中学受験と同時に長女の私立高校受験が重なり経済的にかなりの負担を強いられました。またその頃、私の父親が亡くなり、経済的危機はかなり深刻なものとなりました。
 以上の状況のなかで、◯◯区から制度融資を受けました。

平成10年〜平成15年 900万円
平成15年〜平成22年 500万円
平成17年〜平成24年 500万円

 上記資金は、足りない生活費の補填、節電器械、防犯ビデオシステム導入等の設備投資への支払いへの一括返済、滞納していた税金、国民保険の支払い、金利の高い借入の一括返済などに使いました。

しかしながら、本業の店の経営がかなり悪化していて経営断念の危機を迎えていました。そのような時に、本部から、◯◯の店を閉めて埼玉の◯◯にある店舗を引き継いでやらないかという打診を受け、平成21年から新たに環境を変えて再挑戦の機会を得ました。

子供達の進学と母親の介護で多額の出費がありましたが、何とか平穏無事に店のほうも軌道に乗り夫婦共々日々営業努力し、売り上げ目標もクリアして充実した日々を過ごしていました。しかしながら、平成24年から経営環境が徐々に悪化していきました。またもや、近隣に競合店が増えて、売り上げが徐々に落ちて行きました。決定的なダメージは平成25年の春先に半径1キロ圏内に、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートの御三家がほぼ同時に出店してきたことです。売り上げは月を追うごとに下がり続けました。休み無く働いても純利益が10万円代という月が続き、経営断念を決意せざるを得ませんでした。そして、その旨を本部に伝えたところ、フランチャイズ契約の解約には違約金が発生し、その額は、最低でも700万円を下まわらないとのことでした。
また、契約満了(平成27年3月)して円満終了でもいろいろな諸費用が発生して店の資産と相殺しても400万円ぐらいは本部に対して支払いの義務が発生する可能性が高いとのことでした。月々の支払いに追われて、借入が増えて殆ど自転車操業状態なのに、現状打破すら出来ない失望と絶望のなかで休み無く長時間労働しなければならなかったのは、まさに生き地獄でした。しかし、この頃、契約書を見ていたら、自分が破産宣告を受けたら契約は自動的に解約されるという条項を発見して、本部に対して、今のままでは生活がきないので、直ちに自己破産を申請する旨を伝えました。そしてその後、本部との話合いで以下の条件で違約金なしで契約の解約に応じるとの合意に至りました。

1.1月31日まで経営者として店を続ける。
2.最低保障で月20万の支給を保障する。
3.1月31までは自己破産しないで、各種引継ぎ、各種免許の名義変更、終了契約の締結が終了してから夫婦で自己破産すること。
4.直営店になっても自分たちが抜けた後も正常に滞りなく店が運営されるまで責任を持って指導すること。


今現在、店は直営となり、私たち夫婦は一アルバイターとして後輩の指導に当たっています。(4月上旬まで)

さて、今冷静に過去を振り返ってみて、今現在の経済的行き詰まりは、自分の近未来、将来に対する無計画無責任なお金の使い方がすべての原因だと思います。現状の経済状態で出来ること出来ないことを明確に把握して行動することが出来ませんでした。

子供の進学も私立は断念し、公立に行くように説得するべきでした。また、店の設備投資は見送るべきでした。借入も金利が安いからと言って無計画に借りてしまいましたが返済を細かくシュミレーションしてみるべきでした。何かにお金を使うときは、衝動買いせずに本当に今必要なのか冷静に考えるべきでした。

稼げば何とか成る!

という無計画無責任な思考回路の為に各債権者さまには多大なご迷惑をかける結果となり、本当に申し訳なく思い、深く深く反省している次第です。

再度人生をリセットするチャンスを頂けるのであれば、収入に合った身分相応の生活を心がけ何事においても常に冷静に判断してあらゆる面において計画的に行動できるように自分を変えていきます。そして、新たな仕事に打ち込み、家族の平穏無事と幸せを願い、充実した残りの人生を過ごして行きたいと思います。

大まかな現状に至る経緯と過去の反省すべき点とこれからの思考及び行動規範の目標を記しました。

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以上です。

(補足)区からの制度融資は、すべて完済していました。また、株取引に関しては、過去の2年間分の取引を全て書面で提出していたため、ここでは触れませんでした。また、長女の不登校は、長期病欠でした。


ご訪問ありがとうございました。
posted by Sun9 at 21:18| つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする