2016年04月06日

Flashback 罪と罰(1)

ご訪問ありがとうございます。


自らをリストラして、約2年経過しましたが、相変わらず、コンビニ時代の夢を見てうなされて、深夜に目が覚めて、

「ああ、ホント、夢で良かった!」

と胸を撫で下ろすことが未だにあります。圧倒的にレジ前でぶち切れたお客様の対応、クレーム対応編が多いです。


また、覚醒している時でも、突然過去の出来事がフラッシュバックしてしばし我を忘れる事があります。

「これって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)なんじゃね?」

とか思う時もある程、生々しくいろいろな事件を思い出してしまいます。

最近、ふと、ある事件を思い出して、その対応について

「果たして、あれで良かったのか?いや、間違いだったかも。」

と悩まされてしまいます。

ケリをつけたつもりでも、何度も頭に浮かんでしまいます。

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コンビニ経営において、内部不正は避けて通れない試練かもしれない。そして、その対応も、今考えてみて後味がいいもの、悪いものがある。(後味がいいというと語弊があるかも知れないが、そうするのが妥当であり、やむを得なかったんじゃないか、という場合の事をさします)

その、後味の悪かった事件を未だに引きずっている。

コンビニにおいては、特に、金庫にまつわる不正行為は後をたたない。何故か?

1.レジ内と金庫の両替は24時間対応が必要だが、誰がやるのか。
2.金庫の鍵は何処に置き誰が管理するのか。
3.金庫内の両替(銀行へいく)は誰がやるのか。
4.金庫内の現金不足は定時に金庫内確定をしなければ気がつかないが、いつ誰がやるのか。
5.両替をした場合、した人間が必ずその記録を残すようにしているか。
6.防犯ビデオで金種が確認出来る程24時間鮮明に録画しているか。

以上はオーナー、マネージャー(奥様)が常に実行、管理、確認出来れば、何ら問題ない。

しかし、そんなのはまず不可能だろう。時間帯によって、またその日の状況によって、必ずしも完璧に出来ない場合がある。たとえば、夕方19時〜22時は大抵スタッフのみの運営とならざるをえない。また、本部での研修等がありオーナー、マネージャー共に朝から夕方まで不在という場合もある。この、金庫の管理を完璧にこなすのはかなり至難の業と言わざるを得ない。

そして、一般的には、ついついルーズになってしまい、いつのまにか金庫の鍵は常に施錠されていない状態なんていう状況が殆どなのかもしれない。また、金庫の鍵も、決まった所で保管するのが一般的だろう。そして、金庫をターゲーットにした防犯ビデオすら設置してない店鋪もあるだろう。

そして、そのような状況で、事件は起こるべくして起きてしまった。時期的にはマネージャー不在で隣に競争店が現れて数年後の頃だったと思います。


「オーナー、Aがなんか店で新しい現金収入の方法を見つけたとか言って自慢してました。怪しくないですか?」

そう告発してくれたのは、近所に住む元スタッフでした。彼は、高校卒業と同時に家業を継ぐために退職し、ご両親も超常連さんでした。Aは、「先輩!先輩!」とかなりその元スタッフに親近感を抱いていて、ついつい油断して口が滑ったのだろう。

No.15 強盗、万引き、詐欺、内部不正等の犯罪被害 (2.内部不正-追記)で触れましたが、近所の幼稚園児、小学生が成長して、高校生になるとアルバイトとして力を貸してくれる場合があり、殆どの場合はオーナーの味方となってくれると記しましたが、店を辞めてからもこのような形で協力を得られる場合があります。

正直、私は、かなりショックを受けました。Aも近所に住むスタッフの紹介で入った人間で、真面目かつ仕事も普通になんでもこなし、全てにおいて協力的な人間でした。しかし、かなりの確立で、何かやらかしている。私は、単刀直入に彼に聞いてみる事にした。何かの間違いであって欲しいと願いつつ。

「○○君から聞いたんだけど、うちの店で、いい現金収入の方法を見つけたんだって?何それ?」

以外にも、Aは、スグにゲロしました。

何と大胆にも、鍵の掛かっていない金庫から自由に金をパクっていたとのこと。

確かに、金庫内確定をすると、いつも規定額より少なかった。また、超多忙のため、金庫内確定も不定期で、金庫も施錠せずに誰でも24時間両替できる状態にして、放置してしまっていた。

だからと言って、お金をパクっていいはずがないだろう。金を盗むヤツが一方的に悪い。
そう言えば、直近で出た巨額の棚卸しロスの原因も、こいつが商品を大量にパクってたんじゃないのか?
この件についても問いただしてみた。

「もう、何を言っても信用してもらえないから、何も言わない。」

こいつ、犯罪者のくせに、このナメた態度は何だ?その態度とセリフが私の平常心を奪った。

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激怒した私は、まずAの親(母親)に電話で全てを告げました。シフトの件で何回も電話していたので、母親の声は知っていましたが、完全に動揺していた様子で、数分の沈黙がありました。さらに一方的に続けました。

「今回の犯罪行為で当店は多大な被害を被りました。少なくとも、20万円の被害は息子さんが原因です。息子さんは完全な前科一犯です。この20万円を弁償してもらえませんか?」

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何を根拠に20万という数字がはじき出されたのか、どうしても思い出せませんが、キッパリと言いました。

「その代り、本部にも、警察にも、学校にも一切連絡しません。20万円で示談にしましょう。」


その後、本人と父親、母親が店に直接謝罪に来て、20万円を置いて、示談書に署名しました。その間、彼は、謝罪する訳でもなく、一人で店内で立ち読みをしていました。本当に不遜なヤツだった。

反省の色、全くなし。こいつ、完全にいかれている、と思いました。親も救われないな、と思いました。こんな、不良息子とこれから先、どうやって一緒に生きて行くのだろうか?

「まぁ、オレの知ったこっちゃない。不作な息子を呪えばいい。」
「20万で多少なりともロス部分を回収出来ただけでもラッキーだったじゃないか」


当時、血気盛んな30代の私は、この内部不正に対して完璧な解決をしたと思っていました。当時は別に違和感など微塵も感じてなかった。むしろ、天罰だろ、と思っていた。

しかし、年の経過とともに時として、自問自答する自分がいた。

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「親から罰金はマズかったんじゃないのか?いや、当然の結末だろ。何か問題あるのか?」
「なぜ、すぐに警察沙汰にしなかった?本部に連絡しなかったんだろうか?」
「管理体制の甘さ、不備があり、自分にも責めに帰す部分があるのではないか。一方的にヤツを責めるのはおかしくなかったか?」
「金をパクられたオレが、今度は恐喝かよ。オレも犯罪者じゃないのか?」
「何を根拠に、20万円なんだ?Aに確定的な証拠があったのか?結局、相手の弱みに付込んだ恐喝だろ?」
「未成年者の不始末は、親がケツを拭いて当然だ。最後まで事の真相を話さなかったヤツが悪い」
「金庫から盗んだのは事実だか、棚卸しロスの責任を問うのは無理があったんじゃないのか?」


特に、子供が成長して、Aと同じ位の年になったとき、私は動揺した。店に謝罪に来た時のご両親の憔悴しきった顔を今でも、ハッキリと明確に覚えている。まさに、青天の霹靂だったに違いない。

終始ほぼ無言で、悲しくうつむく母親。弱々しく力なく謝罪し、頭を垂れる父親。結局、終始ふてくされ状態で
売場で立ち読みをしていたバカ息子。

果たして、親の彼らに罪はあったのだろうか?

多分、自宅において幾度となく修羅場を迎えただろう。いや、そんなものはなかったのかもしれない。多感な年頃の子供を持つ親の苦労は痛い程理解できる。ましてや、自分の子供が犯罪を犯したなんて考えたくもないし、信じたくもない。その後も毎日顔を合わせなければならないし、その後の対応にも気まずいものがあったろう。

でも、悪は悪。罪は罪。罪は罰によって裁かれる。
また、未成年者の親としての責任は問われて当然だろう。


しかし、だからと言って、20万円はやはり、やり過ぎだろう。
若気の至り、一時的な私の激情で、Aの平穏な家庭を破壊してしまったんじゃないのか?
何か、別の方法があったのではないか?
その後の想定される悲惨な家族関係を理解できなかったのか?


いや、もし、自分が同じ立場だったら、黙って20万円払って示談にするだろう。


わからねー。


自問自答は不意打ちのごとく突然頭に蘇り、そして、断続的に当分続きました。

そして、時間の経過と共に、自責の念にかられ、後悔の気持ちが支配的となり、ある意味、自己嫌悪に陥りました。

ガキはどうでもいい。親の悲しい顔を見たくなかった。確たる証拠もなく親を巻き込んだのは間違いだった。
結局、親に因縁をつけて、20万円脅し取ったのに等しい。その事実は限りなく犯罪であり、その記憶はもう消せない。

しかし、その気持ちも、時の経過とともに風化し、いつの間にか記憶の外に追いやられて行きました。


しかし、私は、その後Aとの再会を突然果たす機会を得ました。もう、40代後半の頃だ。その事件も記憶から完全に消えていた時だった。


本部からお取り潰しの命を受け、埼玉の店鋪に移転する際に、閉店一週間位前から深夜営業がなくなりました。当然、私が泊まり込んで、店番をした訳ですが、当時の昼間のパートさん達が主体となって、連日店内でお別れ飲み会が行われました。半額処分される酒類を大判振る舞いしました。

「ダダで飲みたい放題だ、バカヤロー!」
「思う存分、飲んでくださーい!」

宴会は毎晩朝方まで続きました。そして、歴代のバイト連中が集結して、労をねぎらってくれました。20年近く、そこで営業していました。かなりの数の歴代スタッフ達が連日、日替わりでやって来て、昔話に盛り上がりました。スタッフとして活躍してくれた近所の子供達も、立派に成人して、元気な顔を見せてくれました。感謝の気持ちと惜別の思いに感無量でした。そして、そんなある日、Aが元スタッフを通じて挨拶がしたいと、すぐそこまで来ているという話しを聞き、反射的に、「OK」してしまいました。


「オーナー、その節は本当に、御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
「いや、オレも、少々、ヤリ過ぎた。若気の至りだった。今、本当に反省し、後悔している。」

(何、オレが謝ってるの?)と思いつつも、酔いが本音の部分をさらけ出させたのかもしれない。

「いや、いや、いや、オーナー、そんなこと言わないで下さいよ。悪いのは自分なんですから。」
「いや、オレも、正直、胸につかえてたんだ。あとで、なんだかやり過ぎたかなみたいな感じで。でも、今日会えて、自分の気持ちを伝えられてなんだかホッとしたかな。」

「オーナー、じゃ、これで、もう全て、忘れましょう、お互いに。」
「そうだな、じゃ、そうしようか。」

Aは20代半ば過ぎの立派な青年となり、自分の人生の目標を叶えるために真面目に働き、そして修行の日々を有意義に過ごしているとの事。

私の、彼の不正行為に対する行動は、今でも疑問が残る。いや、間違っていた、と思う。それは、また、彼も同じようにずっと引きずって生きて来たのだろう。

お互いに本音で語り合い、私は少なからずの気休めにはなった。
正直、これで、手打ちにしたいと思った。


普通に彼と乾杯して、今後の彼の成功を願った。

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しかし、時として、未だに、彼の母親の悲しい顔がフラッシュバックしてしまう。


宴会最終日には、家内と、娘二人(中学生と小学生)も参加して大いに盛り上がり、私の最後の言葉で幕を閉じた。


「私の身勝手により、(実は本部の都合)現スタッフの皆様には多大なご迷惑をおかけする事を許して頂きたい。皆様の職を一方的に奪って、自分一人だけ逃げて、生き延びて、生き恥をさらすようなことになってしまったが、本当に許して頂きたいと思う。皆様の無念を心に刻んで、死ぬ気で、マジ頑張ります。長い間、本当にお疲れさま、そして、今まで、当店の力となって頂き、本当にありがとうございました!」

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みたいなことを言って、最後の宴会は終了しました。


そして、それから、約7年後に、職を失い、破綻しました。

一人生き延びた天罰、自業自得だったのでしょうか。

恐喝のバチが当たったのでしょうか。


ご訪問ありがとうございました。

posted by Sun9 at 00:37| 事件簿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする