2016年12月26日

クリスマスの思い出

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2016年も残すところ、あと僅かとなりました。

昨日のクリスマスは、私は泊まりの仕事で、上の娘は社員旅行、下の娘は大学が休みで家にいたそうです。

メンバーが半分のクリスマス。

クリスマスケーキがないクリスマス。

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チキンがないクリスマス。

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スパークリングワインもなし。

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シャンメリーを卒業して、かなり経つが、アルコールなしの「メリークリスマス!」は少々寂しい気もするが、家内と次女は、普通に楽しく食事をしたそうです。


クリスマスの思い出といえば、やはりコンビニ運営中の出来事ばかりが鮮明に蘇ります。

本部ノルマによるクリスマスケーキの当日売りの大量発注。

「売れる訳ねーだろ。」と思いつつも、ついスケベ心が出てしまう。

「あーあ、10個も残っちゃったよ。」

高単価のクリスマスケーキは規則により当日賞味期限では販売できないので、当日仕入れ分を当日売り切らなければ、かなりのダメージを食らう。24日に仕入れれば、賞味期限は25日だが販売期限は24日までということになる。

そして、夕方に半額処理しても、売れ残りが出る。

「これ、どーすんのよ。糖尿病になれってことかよ。」

主力のパートさん、フリーターさん達に、丸ごとタダで引き取ってもらって、夕方のバイトさんたちにも切り分けして食べてもらっても、2〜3個は自宅に持ち帰るのが定例だった。

深夜明けにワンホールのクリスマスケーキを一人で食べる。もちろん、家族にも協力してもらう。

ある意味、贅沢に見えるが、毎年同じようなケーキが残るので、家族にも飽きが見て取れた。そのうち、子供達も、アイスケーキがいい、なんて言い出して、廃棄ケーキ処理班は私一人の仕事となってしまった。

「もう無理。食べきれん。」もったいない話だが、処分するしかなかった。

23日〜25日まで、そのようなケーキ攻めにあい、確かにウェストのサイズアップに貢献していた。

でも、これ、すべて、廃棄費用がかさみ、クリスマスケーキに関しては、ほぼ確実に毎年赤字でした。ケーキの廃棄だけで、トータルで2〜3万円(原価)はかかったと思います。

クリスマスチキンに関しても特需に振り回されて、忙しさだけが浮き彫りとなりました。こちらは、ある程度利益が取れました。しかし、自店舗で揚げて提供するという作業はかなり大変でした。昨年の販売データをもとに、時間帯で冷凍チキンを解凍して管理するのはかなりリスクがあります。予定通りの販売がなければ、解凍したチキンが無駄になり、そのまま冷蔵庫の中で廃棄になるというケースもありました。

「もったいない。10本も持ち帰るか。」

解凍した廃棄のチキンをフライヤーで揚げて、持ち帰るのも例年のマイスペシャルワークでした。


「おめー、バカじゃん。それじゃ、仕入れなきゃいいじゃん。やらなきゃいいだろ。本部のいいなりになって踊らされたあんたがアホなだけじゃん。」


そうなんですけど、やはり、自宅でクリスマスができないストレスで、目一杯店内をクリスマス装飾品で派手に演出して、お客様に少なからずのクリスマスサプライズを与えつつ、少しでもクリスマス気分を味わっていただき、同時に、自らも多少なりともクリスマスの雰囲気を味わいたかった、という部分がありました。

そのような状況の中で、メインのケーキがなかったり、超品薄であったりしたら、ある意味ブラックジョークでしょう。

各種様々なクリスマスケーキを見て、テンションがクリスマスモードに突入し、

「そうか、クリスマスか、チキンでも買ってくか。」という流れになれば、嬉しいです。しかし、メインのアイテムがなければ、何か違和感を感じるのではないでしょうか。

「この店、ヤル気あんの?売る気あんの?クリスマスなのにケーキもないのかよ。」

失望されたお客様のリーピートは期待できないでしょうし、クリスマスコーナーの売り場の棚がまず格好がつかないでしょう。

まぁ、ある意味廃棄は自業自得であり、クリスマスケーキも、ある意味、クリスマスを演出するオブジェに過ぎなかったということでしょう。

この感覚は、年末年始の正月においても継承されていた。

古典的、伝統的な凧を、10個ぐらい店内に飛ばす。つり糸で臨場感があるように配置する。エアコンの空気がうまい具合に凧にあたり、いかにも空を舞っているかのような錯覚を与える。

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また、羽子板をうまく天井から吊るす。その他にも正月っぽいアイテムを天井から吊るす。

レジ前にはお供えを派手に飾り付ける。(廃棄物だが)

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正月ジオラマが見事に仕上がり、それに自ら酔っていたのだろう。


しかし、正月用の限定品は売れなかった。

特にお供え、おせち料理はまず売れ残りの方が多い。

ただし、年賀状とお年玉袋は、毎年波があったがまあまあ売れた。


一番難しかったのは、元日から3日までの弁当類、牛乳などの乳製品の発注であった。

特に、当店においては、元日のおにぎり、弁当類はまず売れなかった。


「クリスマス、正月は、もう勝負は絶対しない。廃棄になるのが目に見えている。馬鹿な仕入れはもう来年からは絶対しない。」


廃棄の山を前にして、毎年同じ誓いを立てるが、そのシーズンが到来すれば、また負け戦さが目に見えているのに、ついそのムードに流されてしまう。

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オーナーをそのムードに引きずり込むのが、本部担当の役割なんだろう。


しかし、今、こうして思い出してみれば、いい思い出だ。

20代、30代、40代、そして50代半ばまでのクリスマスと正月は、確かに辛い部分も多かった。トラブルも何かと多かった。何度も辞めたいとも思ったこともあった。

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しかし、半ば強制的にそのシーズンの到来が来れば、必然的に頭がそのムードに引き込まれ、その雰囲気を醸し出す演出に精を出していた。自宅で満足に味わえないクリスマス、年末年始の雰囲気を何気に自店舗で楽しんでいたのではないか。いや、うまく本部の術中にはまっただけだろと言われても仕方ないが、楽しんでいたというのも事実だったと思う。


今、冷静に振り返ると、コンビニ時代のクリスマス、正月は、それほどマイナスイメージはない。あったとしても、それもひっくるめていい思い出だったと言える気がする。

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痛みは全て時間の経過とともに忘却される、でしょうか。



しかし、現状でコンビニを運営されているオーナー夫妻には、本当に大変んな時期に突入したことになる。

クリスマス、年末年始のムードなんかに浸ってられないのが現実であり、早くこのイベントを無事に乗り切りたいというのが切実な願いとなる。

まず、年末年始のシフトが十分に埋まらないのではないか。

特に、大晦日の22時〜翌日8時までは、本当に私も苦労した。大体、24時以降にワンオペにならざるを得なかった。そういう時に限って、酔っ払いのDQN軍団がいきなりやって来て閉口させられたりする。原チャリ少年軍団に駐車場ジャックされたりしてしまう。

そして、何が大変かといえば、朝方ヘトヘトの時に、元旦発売の各スポーツ新聞が、1部、2部と別梱包で納品されてくる。そして、それを自分で一つに統合しなければならない。部数もかなりあるので、一人でやるとかなりの時間がかかった。ある意味、非常に虚しい作業であったと言える。


しかし、時代の流れとして、コンビニも24時間やっていた時があったんだー、という時代がもう間近に迫っているような気がしてならない。

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某ファミリーレストランが24時間営業から足を洗った。この流れは、もう止まらないだろう。


しかし、24時間営業が終焉しても、オーナー夫婦からの搾取的な奴隷契約が改善されない限り、低ランク契約のオーナー夫妻に明るい未来は期待できないし、ないかもしれない。


やはり、自由を手にするには、自らその進むべき道を決断しなければいけないのだろう。


クリスマス、年末年始を振り返ってみて、家族との楽しいひと時が思い出として残る人生も貴重だと思う。

少なからず、出来ることならば、家族でクリスマスツリーを飾り、クリスマスケーキを切る時の子供達の嬉しそうな顔、チキンを美味しそうに喜んで食べる子供たちの様子等をビデオに収めたかった。写真でもよかった。

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ほんの、些細なクリスマス劇場でもいい、いい夢を見せたかった。

一般的な家庭で出来ることが、なかなかできないのが、コンビニ運営家族の日常であり、宿命です。

父親一人の自己満足で子供たちの日常を破壊してしまった私は、それが辛い思い出です。


社会人の長女が、今日、普通に言いました。

「週末、家族でお泊まりなんて一度も経験してないから、わからない。」

母親の某質問に対する何気ない長女の言葉に罪悪感を感じました。



家族の日常を無残に破壊し、家族の日常に少なからずのプレッシャーをかけ、時として多大な犠牲を強いることもあった。

その異常な現状に気がつき、早急に改善するべきであったと猛省する。


子供達も、成人して、大人になれば、自分の時間は自分で管理し、親も容易には介入できなくなる。当然、家族単位の行動も自ずと減少し、やがては、親もとを離れて行くのだろう。


だからこそ、子供たちとの時間は大切に共有して、たくさんのいい思い出を作るべきだと思う。

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ズタズタのコンビニ地獄にはまり、家族との時間を犠牲にして苦渋の日々を余儀なくされているのであれば、迷いは禁物だ。

ご自分のためにも、ご家族のためにも、コンビニ脱出計画を早急に考え、決断するべきだ。


自由を手に入れて、家族の時間を取り戻そう。


大きなお世話で、かつ断定的な表現で、大変恐縮ですが、経験者の反省文としてご認識していただければ幸いでございます。


ご訪問ありがとうございました。

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posted by Sun9 at 23:26| つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

メンタルリセット方法

ご訪問ありがとうございます。


家内にJR某駅に迎えに来てもらい、そのまま買い物へ出かける。家内は今ポケモンGOにはまり、私は、助手席でいつもモンスターボールを各所で取らされる。

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めんどいと思いつつも、ツムツムのハート送りとこのモンスターボールゲットは、今や私のルーチンワークとなってしまった。


本日は、帰宅後、家内にインスタントラーメンを作った。

彼女はラーメン屋さんブランドの札幌味噌味がお気に入りだ。

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焦がしネギ油を作り、ニンニクと生姜を少々加えて、仕上げの秘伝の調味油として最後に加える。その調味油で炒めたもやしとキャベツを山盛りに麺の上に乗せて提供する。

私は、焼きそばを作り、彼女と共に遅い朝食を摂る。

食後は、コーヒーを淹れるが、彼女は真冬でもアイスコーヒー派なので、私とは別々に淹れる。

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コーヒーのドリップも私の専任のルーチンだ。

お弁当を作ってもらっているお礼と考えれば、これらは別段当たり前のことだろうし、何ら苦痛はない。

そして、つけっぱなしのテレビの音も一つのBGMだ。

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何気ない日常の会話であっという間に心地よい時間が過ぎてゆく。


本当に何気ない、当たり前のような退屈な日常かもしれない。

しかし、還暦を数年後に控えるこの瞬間まで、しみじみとこのまったりとした時間の経過を感じることはできなかった。

そして、夕方、大学から、会社から帰宅した娘達と夕食を共にし、これまた、ありふれた会話で時間が楽しく過ぎてゆく。

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退屈そうな、ありふれた平穏無事な家庭の時間。

夫婦お互いもう頭に白いものがかなり混じり、お互いの顔面のほうれい線も年季が入り、お互い揶揄したりする。

「あなたの顔、それブルドックみたい!」

これには、正直少々傷ついたが、私も負けてなかった。

「自分こそ、もろ豚顔じゃん!」


その後の展開は、ご想像にお任せいたします。(汗)


痛風ではあるが、朝食でスーパードライの35缶を1本堪能し、夕食では赤ワインをグラスで一杯しみじみと味わった。

これが、いわゆる一家団欒というものなのか。

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こんなありふれた当たり前のことが、後どれぐらい体験できるのだろうか。

残された人生を大切に生きたいとつくづく思うのも年をとった証拠なのだろうか。

家内のためにも、子供達のためにも、そして、何よりも自分自身のためにも、全身全霊をかけてそうしたいと強く思う今日この頃である。




もうすぐで、コンビニから逃避して早3年が経過しようとしている。

無駄な人生を過ごしたなんて言っちゃいけないし、言う気もない。

私は、それでもいいだろう。

ただ、家内と子供達には本当に苦労のかけ通しだったのが辛い。

特に家内に対しては、感謝の気持ち以上に罪悪感を強く感じる。

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残された人生をもう一度、リベンジしたい。

全ての己の過去の愚行に対して、リベンジ、と言うよりも、反省材料として、教訓として生かし、新たなる成功を掴み取りたい。

目標を抱き、努力し、結果を出す。
安定的な経済的優位性を確立して、緩やかにリタイヤしたい。そして、平穏無事な自由な時間に酔いしれて、ゆっくりとまったりと余生を楽しみたい。


しかし、年を積み重ね、現状の処遇を考えれば、悲観的にならざるをえない。


人生に対する、生きてゆくという意欲、モチベーションの維持が時として困難なものと感じてしまう。

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寝る前にふと考えてしまう時があった。

「このまま、朝が来なければ楽なんだろうな。」

人間って、ふっと軽い気持ちで、衝動的に人生の幕を下ろしてしまうのは、こんな精神状態の時なんだろうか。

冷静に自問自答している自分も、かなり病んでいたのだろうか。

後期のコンビニ運営時代の最悪な時期は、本当に危険な精神状態であったのかもしれない。

業績悪化、収入減少、借金増加、自転車操業、借入不能、ここで、何かのスイッチが入っていたら、発作的に自ら絶命した可能性も否定できない。

破産できた自分は、むしろ幸せな方だったのかもしれない。

たまたまアベノミクスの波に乗り、株で短期間で破産費用の100万円が工面できたのは、奇跡に近い。もし、破産できずにいたら、一体どのような人生が待ち受けていたのだろうか。考えてみても鳥肌が立つ。

コンビニ経営という罠にはまり、もがき苦しみ、二進も三進もいかなくなり、ついには、夜逃げ、自ら命を絶つという悲惨極まりない現実は確かに存在する。

そのスレスレのところまで入り込み、その地獄の入り口に立たされた自分は、その辛さは痛いほど理解できる。

どんなに頑強な精神力を持ち合わせていても、苦境のコンビニにどっぷりとはまり込んでしまったら、まずメンタル面でかなりの打撃を受けるだろう。

生きるも地獄、死んでも残された家族は地獄。

生き地獄を耐え忍ぶ日々に悶々として、命が削られてゆく。


私は、コンビニを辞める決断をしてから、メンタル面で沈没しないように、マイミッションなるものを6編作り上げて、バイク通勤中に必ず毎日、念仏のように唱えていた。

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そして、コンビニを離脱後も、気持ちが負けそになった時は、いつもこの呪文に助けられた。

それらの中でも、一番のお気に入りをご紹介します。これは、無意識レベルでも、他のことを考えていてもスラスラ言えるようになるまで、潜在意識にすり込みました。

これは、55歳からの就活〜残された人生をどう生きるべきか スマホ版のトッページに多少アレンジされて記されていますが、オリジナルは、これなんです。

メンタル面に難ありの自分は、精神的にくじけそうな時、この呪文を唱えると、自然と心が安らぎました。

ぜひとも、オリジナルの座右の銘を作成して自分の潜在意識にインプットしておくことをお勧めします。

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確実に、効果があります。(と思います。)


私みたいに、高齢でコンビニを離脱した場合、かなりの確率で、あらゆる状況で、精神的に苦境に陥るのは避けられない。そのためにも、いつでも自分の精神状態をリセットできる環境、方法を作っておかないと、かなりしんどい思いをすると思います。


マイミッション:精神編

いかなる状況に陥ろうとも
決して負けない、
めげない、
諦めない。
強靭な精神力をもって
これに立ち向かい、
そして乗り越え、
自分の定めた目標に向かって
日々努力を積みかせねる。
そして、最終的には
目標を達成して、
あらゆる人、物に
感謝をしながら、
日々明るく元気に楽しく
プラス思考で仕事して、
生活をしている。



ご訪問ありがとうございました。


posted by Sun9 at 00:26| つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする