2016年09月21日

自己破産できない理由

ご訪問ありがとうございます。


本日は、過去記事を読んでいて、ふと気がついたことを記します。


私は、コンビニ経営に行き詰まり、生活費が稼げないという状況に陥ってしまった。しかし、違約金が払えないので廃業もできない。そして、月ごとに負債が増え続け、家計は火の車から、燃え尽きる寸前まで悪化していった。一歩先の生活すら見通しが立たない。

そして、現代版徳政令の恩恵を受けることができた。

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しかし、通常、コンビニ各社は、契約に際して連帯保証人を要求してくる。

私の場合は、初回契約の時は、私の父親が快く引き受けてくれた。そして、その後父親が他界したわけだが、その後リロケートの再契約までは、連帯保証人は再要求されずに不在であった。そして、再契約の時の連帯保証人は妻でも大丈夫ということで別段その件に関しては苦労はなかった。

他社及び他のオーナーのケースに関しては何ら情報がないので、正直な話、私のケースが一般的なのかイレギュラーなのか不明だ。

万が一、この連帯保証人が自分の親兄弟とか、叔父さん伯母さん、友人知人であった場合は、そう簡単に自己破産という選択もできないかもしれない。

本部の狙い通りの成り行きだろう。

他人様に迷惑をかけて、自らの破産の道を突き進むのには己の良心との戦いになる。

そして、答えは NO に導き出されてしまう場合がほとんどだろう。


つまり、一度契約してしまうと、そう簡単には辞めれない、逃げられない、ということだ。

「一度捕まえた奴隷は、そう簡単には自由を認めないぞ。自由が欲しければ、自分を買い戻せよ!」(=違約金払って辞めろよ!)

「考えても見ろよ。脱サラの甘い夢を見て、自ら金を払って立候補してくれた、ノーリスクノーコストの全自動現金集金所番人(店舗オーナー)をそう簡単に手放すわけないだろ。契約をした時点で、本部の勝ちなんだよ。それぐらいいい加減わかれよ。」


本部の本音は不明だが、このように思ってるんじゃないかと疑いたくなるような事柄があまりにも多すぎる。


激怒するオーナーをよそに、契約書を盾に暴虐無人を繰り返す本部には、もはやなにも期待しないというのが基本スタンスにならざるをえないだろう。


こうなると、本当に逃げ場のない生き地獄、リセットのできない再挑戦不可能の希望のない人生に落胆し、生きる気力すら奪われるかもしれない。

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そう、私はある意味、不幸中の幸いであった。

私は、第三者に迷惑をかけることなく、マネージャー(妻)の道連れだけでコンビニ脱出をクリアできた。(いや、厳密に言えば、善良な多数の債権者様にも多大なご迷惑をおかけしてしまった)

しかし、妻にしてみれば、たまったもんじゃないだろう。

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勝手にコンビニおっぱじめて、長年母子家庭を押し付けられて、そして、50歳過ぎてから新天地(リロケート先)での就業と苦労。そして、バブルの尻拭いをさせられた挙句に、最終的には連帯保証人として破産の道連れ。結果として自己破産を強いられて、そして社会的信用を失い、金融資産をほとんど全部失い、現状青色吐息の貧困生活。

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「お前、よく離婚されなかったな。普通、奥さん逃げるだろ、そんなんじゃ。」

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まさしく、その通りでございます。

一言の弁解もございません。


一方的に迷惑をかけて、耐え難い苦痛を与え続けて、最後に不幸のどん底に突き落としてしまった。


本当に、苦労のかけ通しだった。本当にすまないと思う。

どんな謝罪の言葉も陳腐に響くだろう。


一生涯かけて謝意の念を抱き続け、恩返しするしかない。


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いや、その前に、マジで逃げられるかもしれない。(苦笑)



コンビニ地獄で苦しんでいる方に切にご提案させていただきたい。

不本意な生活を強いられているのであれば早急にコンビニ奴隷契約と決別するしかない。

契約満了、円満な話し合い、5年経過後の裁判による契約解約、違約金の支払い等可能な方法で最速速攻で行動するしかない。


Time is money.



そして最後の切り札として、状況的に、自己破産が許される環境であれば、躊躇は禁物だ。

ドロドロの経済難民に成り下がる前に、なんとか現状打破を図るべきだ。

コンビニ経営離脱者=経営管理能力欠如者=負け組=人生の落伍者=価値なし人間

あくまでも目安だが、これが、私が経験した世間一般的な元コンビニオーナーの評価だ。

そして、某派遣担当はこう付け加えた。

「コンビニ業界は体質的にブラックです。有給、社会保険を完璧に遵守しているオーナーは少ないのが現実です。」

その評判が、元オーナーの評価を下げているのも事実だろう。

また、特に、次に進むべき道、何らかのビジョンが何もない状態でのコンビニ離脱は、やはり厳しく断ぜられる。某派遣会社の担当者に面と向かって言われました。

「あなたの履歴書拝見して、お話をお伺いして、強く感じるのは、ご自分が何に目標を置いてこの先人生を歩みたいのかというビジョンが何も伝わってこない。あなたという人間に対して、何ら魅力を感じない。多分、他社の採用担当者も同じように感じるでしょう。」

しかも、大抵が、40代〜50代後半の方々であり、高齢者としても、その後の人生の職業の選択枝は極端に狭まってしまう可能性が大であり、悲しいかな、それが現実だろう。

なかなか難しいかもしれないが、できれば、コンビニ在職中に進むべき道を決めておくのがベストなのだろう。

そして、若ければ若いほど、チャンスはいくらでもある。



しかし、そう極端に悲観する必要もないと思う。

なぜなら、私ですら、職種を限定すれば、まだまだ現役で頑張れるフィールドが存在するのを身をもって体験した。

55歳からの就活〜残された人生をどう生きるべきかにて体験談を連載していますので、よろしければご覧くださいませ。

50歳半ば過ぎの私でさえ、敗者復活戦に参戦して、何とか生き抜いている。

偉そうに言える立場ではないが、人生、これからと思った瞬間が、新たなスタート地点だろう。そして、そのスタート地点には、誰でも立てるはずだ。


最後に、ご参考になればと思い、公開させていただきます。

自己破産の手続きにおいて、ほとんどの提出書類は、原本をコピーして、弁護士に提出するという作業がメインだが、一つだけ面倒な仕事が課せられる。裁判所に提出する書類の中に、自らの破産に至った経緯を省みて、その反省文みたいなもの(陳述書)を提出しなければならない。これは、かなり重要な書類であるらしい。

「こいつ、借金を踏み倒すとは、とんでもない人間だ。しかし、一体、どうして、そうなってしまったのか、また、それに対して、今どのように考えて反省しているのだろうか。再犯の可能性はあるのだろうか。」

というような観点で審査されるようだ。裁判官の心情にそぐわなければ、当然免責は却下されるだろう。費用と時間の無駄は、絶対に避けなければいけない。なぜなら、もう後戻りは決して許されないからだ。

免責を勝ち取らなければ、意味がない。

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確かに、これは、かなり大変な作業であった。時系列で、人生の転機を思い出し、自分なりに反省点を見つけて、なぜそうなったのか、そしてこれからはどうするべきなのかを詳しく記さなければならない。

以下、その原本を公開させていただく。

同胞諸氏の何らかの参考になれば幸いです。

(お願い)部分的に〇〇で置き換えてある部分があります。ご了承くださいませ。


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現在に至る経緯


 昭和62年◯月◯日に脱サラをして夫婦でコンビニエンスストアーの経営を◯◯区で始めました。フランチャイズ契約を締結して、300万円支払いましたが、将来の成功と発展と繁栄を信じ決断しました。経営状態は順調に推移し、家内と共に仕事に励み充実した日々を送っていました。そして、いわゆるバブル経済と言われた平成元年に将来的に有望な資産と判断して千葉の横芝に現況宅地の土地を30年ローンで購入しました。 毎月の返済は9万程でしたが、バブル経済崩壊後も順調に滞納もなく返済していました。しかし、平成4年、平成7年に子供が生まれ、また義理の母親を引き取り面倒を見なければならない状況となり、徐々に経済的な負担が増えていきました。また、近隣に競合店の出店が相次ぎ店の売り上げもかなり影響を受けました。そして家内も喘息の母親と子供達の面倒で店の手伝いが出来ない状態でした。それでも、家賃の低い所へ引越しをし、(◯◯から◯◯へ)また、深夜一人で勤務して人件費を削減し月30万円の固定費を節減して、何とか切り抜けていました。しかしながら、平成13年に同居の義理の母が亡くなり、14年に私の父が動脈瘤の手術をして下半身不随となり、また平成16年に母親が脳梗塞で倒れ半身不随となり、想定外の出費に追われ、その後も私の両親の介護問題も浮上し、経済的にも精神的にもかなり追い込まれた状態に落ち入ってしまいました。また、平成17年に長女が中高一貫の私立中学に合格しましたが、不登校となりその後平成20年の次女の私立中学受験と同時に長女の私立高校受験が重なり経済的にかなりの負担を強いられました。またその頃、私の父親が亡くなり、経済的危機はかなり深刻なものとなりました。
 以上の状況のなかで、◯◯区から制度融資を受けました。

平成10年〜平成15年 900万円
平成15年〜平成22年 500万円
平成17年〜平成24年 500万円

 上記資金は、足りない生活費の補填、節電器械、防犯ビデオシステム導入等の設備投資への支払いへの一括返済、滞納していた税金、国民保険の支払い、金利の高い借入の一括返済などに使いました。

しかしながら、本業の店の経営がかなり悪化していて経営断念の危機を迎えていました。そのような時に、本部から、◯◯の店を閉めて埼玉の◯◯にある店舗を引き継いでやらないかという打診を受け、平成21年から新たに環境を変えて再挑戦の機会を得ました。

子供達の進学と母親の介護で多額の出費がありましたが、何とか平穏無事に店のほうも軌道に乗り夫婦共々日々営業努力し、売り上げ目標もクリアして充実した日々を過ごしていました。しかしながら、平成24年から経営環境が徐々に悪化していきました。またもや、近隣に競合店が増えて、売り上げが徐々に落ちて行きました。決定的なダメージは平成25年の春先に半径1キロ圏内に、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートの御三家がほぼ同時に出店してきたことです。売り上げは月を追うごとに下がり続けました。休み無く働いても純利益が10万円代という月が続き、経営断念を決意せざるを得ませんでした。そして、その旨を本部に伝えたところ、フランチャイズ契約の解約には違約金が発生し、その額は、最低でも700万円を下まわらないとのことでした。
また、契約満了(平成27年3月)して円満終了でもいろいろな諸費用が発生して店の資産と相殺しても400万円ぐらいは本部に対して支払いの義務が発生する可能性が高いとのことでした。月々の支払いに追われて、借入が増えて殆ど自転車操業状態なのに、現状打破すら出来ない失望と絶望のなかで休み無く長時間労働しなければならなかったのは、まさに生き地獄でした。しかし、この頃、契約書を見ていたら、自分が破産宣告を受けたら契約は自動的に解約されるという条項を発見して、本部に対して、今のままでは生活がきないので、直ちに自己破産を申請する旨を伝えました。そしてその後、本部との話合いで以下の条件で違約金なしで契約の解約に応じるとの合意に至りました。

1.1月31日まで経営者として店を続ける。
2.最低保障で月20万の支給を保障する。
3.1月31までは自己破産しないで、各種引継ぎ、各種免許の名義変更、終了契約の締結が終了してから夫婦で自己破産すること。
4.直営店になっても自分たちが抜けた後も正常に滞りなく店が運営されるまで責任を持って指導すること。


今現在、店は直営となり、私たち夫婦は一アルバイターとして後輩の指導に当たっています。(4月上旬まで)

さて、今冷静に過去を振り返ってみて、今現在の経済的行き詰まりは、自分の近未来、将来に対する無計画無責任なお金の使い方がすべての原因だと思います。現状の経済状態で出来ること出来ないことを明確に把握して行動することが出来ませんでした。

子供の進学も私立は断念し、公立に行くように説得するべきでした。また、店の設備投資は見送るべきでした。借入も金利が安いからと言って無計画に借りてしまいましたが返済を細かくシュミレーションしてみるべきでした。何かにお金を使うときは、衝動買いせずに本当に今必要なのか冷静に考えるべきでした。

稼げば何とか成る!

という無計画無責任な思考回路の為に各債権者さまには多大なご迷惑をかける結果となり、本当に申し訳なく思い、深く深く反省している次第です。

再度人生をリセットするチャンスを頂けるのであれば、収入に合った身分相応の生活を心がけ何事においても常に冷静に判断してあらゆる面において計画的に行動できるように自分を変えていきます。そして、新たな仕事に打ち込み、家族の平穏無事と幸せを願い、充実した残りの人生を過ごして行きたいと思います。

大まかな現状に至る経緯と過去の反省すべき点とこれからの思考及び行動規範の目標を記しました。

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以上です。

(補足)区からの制度融資は、すべて完済していました。また、株取引に関しては、過去の2年間分の取引を全て書面で提出していたため、ここでは触れませんでした。また、長女の不登校は、長期病欠でした。


ご訪問ありがとうございました。
posted by Sun9 at 21:18| つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

マネージャーの涙

ご訪問ありがとうございます。

本日は、あまり思い出したくない話です。

全ての崩壊と破滅は、私のある独断と愚行によって静かに進行して行きました。ある意味、コンビニへの加盟とその業績不振だけが人生転落の原因ではない。その決定的主原因はやはりこれだろう。

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そう考えるのが、やはり自然と言わざるをえない。


形なりにもコンビニを経営していれば、各方面から色々な営業攻勢にさらされる。

バブル期には、株屋に不動産屋は頻繁にやって来た。

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業績が悪ければ、当然門前払いだが、いたずらに多少なりとも利益が蓄積されていると、ついついスケベ根性が露呈されてしまうのは止むをえないだろう。

特に、バブル全盛からその崩壊の過程では、多くの小銭持ちオーナーたちが、その泡に踊らされた。株式と不動産で痛い目にあったオーナー達はかなり多いのではないか。

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そして、体力のないオーナーは、自己破産、夜逃げを免れず、また最悪自ら絶命という末路を余儀なくされた方々も少なからず存在していただろう。

何を隠そう、この私も、完璧なバブルの生き証人であり、その後の失われた20年の体験者に他ならない。決してバブルの被害者だ、などとうそぶくつもりはないが、かなり辛い時代が続き、その後のコンビニ運営に大きく負の影響を与え続けた。

そして、最終的には、破産の道が待っていた。


株に関しては、数百万円の損失を被った。しかし、最大の失敗は土地に手を出して、バブル崩壊と共に大暴落して処分できずに何年も持ち続けてしまったことだ。

千葉県の横芝というところの44坪の土地に飛びついてしまった。

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営業マンが飛び込みでやってきて、各種資料を持ち込んで熱心に力説していた。


「千葉県の九十九里浜は、オーストラリアのゴールドコーストになる!」
「資産価値は、今後は右肩上がり間違いない。」
「官民合同で、鉄道、高速道路と既に具体的なインフラ計画が決定されている。」
「整地されており、水道も引かれている。外構も出来上がっている。電気もすぐ通せるから、すぐにでも家が建てられます。」


何しろ、代々土地を所有したことがない家系であり、土地所有に対する憧れと執着があった。

また、ただ単純に、海が好きであり、九十九里海岸まで4キロぐらいの立地であるというのにも惹かれた。

そして、コンビニで頑張っている自分へのご褒美として、またコンビニ引退後の老後はそこで暮らすのもいいだろうという漠然な気持ちがあったのも事実だった。

また、過労死覚悟の廃人誘発的シフト、超過激長時間労働をこなす上でのモチベーション維持のためにも何らかの目標が必要だと自分に言い聞かせた。

しかも、土地神話がまだまだ説得力があり、バブル全盛期時代に、


1621万円


これはダダ同然に感じた。

そして、最後の殺文句に納得してしまった。

「この先、ご商売をされていれば、何らかの逆風にさらされることもあるでしょう。その時に、この土地がきっと助けてくれるでしょう。日本の社会において、土地が値下がりするなんてことは絶対にありえませんからね。」

私は、業者と共に、現地を訪れ、迷いなく決断してしまった。妻の否定的な意見など耳に入らなかった。そして、頭金も土地価格の一割で審査が通った。

自分としては、バブルに踊らされたという実感がなかったのが命取りだった。

「自分が最終的に住むんだから、別に問題ないだろう。少々高い買い物をしたにすぎない。」


この往生際の悪さが破滅を招いた。



当時の契約内容を見ると、恐れおののく。今じゃ、一ヶ月分も払えない。

残金の1450万円を年利6.6%の30年ローン(固定金利)で毎月93180円の支払いであった。 

契約は、平成元年になされ、その後平成6年に変動金利(年利4.9%)に変更するまでの5年間はこの金額を支払っていた。それでも、その後も毎月78088円の支払いが続いた。

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家賃が12万円近くあったので、かなりの負担だったはずだ。しかし、なんとかバブル景気のおかげで返済できていた。だがそれも、バブル崩壊と共に、完全に家計の特大お荷物となり、生活を圧迫し、厳しい生活を強いられ続けた。

自業自得であり、己の浅はかさを呪うしかなかった。そして、その後の不況対策による金融緩和により、ローンの金利がかなり低下していったのも、土地処分の決断を鈍らせた原因だろう。事実、破産寸前までは、毎月4万円代の支払いであった。


そして、そういう状況の中で、コンビニ競争のドラマが演じられたのだ。

人件費を極限まで削り、家賃を5万まで落として、店に住みついて、なんとか生き抜いてきた。競争店出現による売り上げ低下も原因の一つではあったが、死ぬ気で働かなければいけない理由がここにもあった。

冷静に考えれば、生き地獄を演出したのは、まさにこの自分に他ならない。

そして、コンビニ経営退場の一番の原因は、やはりこのバブルの負の遺産を抱え込んでしまったことに間違い無いだろう。

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私の愚行が、一家を破滅に招いてしまったという事実は否定できない。

ローン残債約440万円を残しての自己破産。

全てが破産管財人の手に委ねられた。

地主の夢が、土地の全てが、泡の如く消えてしまった。

そして、預貯金ゼロのおまけまでついた。

元本のみでも1200万近くのお金を捨ててしまったに等しい。利息部分を入れたら、一体いくら無駄に支払ったことになるのか。

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気分悪くて計算したくも無いが、多分2000万は下らないだろう。

破産後、その土地が30万円ぐらいで落札されたという裁判所の通知を見て己の愚かさを改めて痛感した。マジ胸クソ悪かった。バカは死んでも治らないのだろう。

本当に、死にたいぐらいの虚無感を感じた。

「土地のローン分を貯金していたら、余裕で1000万以上貯まっていたよね。」

静かに、冷静にそう語る妻には頭が上がらない。

「馬鹿なアンタを選んだ私が、間違いだった! 散々コンビニで苦労して、結局、何も残らなかった。挙げ句に私まで破産して、社会的信用をなくした。もう、アンタとは、一緒に生きて行く自信がない。別れましょう。」


こう切り出されたら、否定する言葉が見つからない。

私は、覚悟はできていたが、なぜかその妻の選択肢は免れたようだ。


貧困にあえぐ日々ではあるが、親子4人、平穏無事に暮らせていることに感謝するべきだろう。


余談だが、バブル崩壊後、マネージャーとその土地を見に行った時、私は驚愕する情景を垣間見た。

マネージャーのサングラスの下から頬をつたわる一筋の涙を見てしまった。

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マネージャーは、何を感じて、なぜ涙したのか。サングラス越しではその表情はわからなかった。

その後の、悲惨な破産劇を象徴していたかのような出来事だった。



「あなたのせいで、私の人生めちゃくちゃだわ。一体どうしてくれんのよ!!」


そうブチ切れてくれれば、少しは気が楽になれただろう。


何も語らず静寂の中で涙した妻の、一筋の涙が今でも忘れられない。

どう、罪滅ぼしをしたらいいのかすら思い浮かばない。



後日談だが、最近になって妻が、当時のその涙の理由を静かに語ってくれた。


「こんな辺鄙な土地のために、これから一体いくらのお金を払い続ければいけないの?」
「どんだけ、苦労しなければいけないの?


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妻は、見事にバブルの本質を見抜いていた。



土地を買ってから、私は、一生涯のお小遣いを没収されてしまった。


「あなたにはもう一生涯分のお小遣いをあげたからね。」


仕方ないだろう。当然かもしれない。これで罪滅ぼしになるならと、喜んで受け入れている。



今現在も、未だバブルの後遺症で苦しんでいるオーナーの存在を否定できないだろう。

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ご幸運を祈るしかない。


ご訪問ありがとうございました。

追伸:(ご注意)マネージャーが語った「辺鄙な土地」というのはあくまでも個人的な意見です。土地の周辺には民家も普通にたくさんありました。あくまでも、当時住んでいた自宅地域よりも不便な面が多いと予想されるという意味です。
posted by Sun9 at 01:46| 事件簿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

Flashback解雇通知

ご訪問ありがとうございます。

今回は、またしても突然脳裡に蘇り、私を苦しめる事件についてお話しします。


都内の店舗を閉店して、埼玉の直営店を引き継ぎ、オーナー店としてスタートするためには、避けて通れない試練だった。

それは、直営店のスタッフの選別であり、オーナー店に移行する一ヶ月前に本人に直接、採用不採用(継続雇用か解雇)を言い渡さなければならないという嫌な仕事だった。

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都内の閉店業務と並行してそれは進められた。

なぜ、選別が必要だったのかといえば、私が深夜勤務で、家内が昼間の勤務をしなければならない。都内の店舗のようにマネージャー抜きという営業形態は許されない。マネージャーの就業はリロケートの必要絶対条件であった。だから、24時間オールアルバイトとパートさんで運営されていた直営店では、人余りとなってしまう。少なくとも、深夜7人を3人に減らし、昼間の時間帯のスタッフも一人削らなければならなかった。

そして、時間を作り、直営店に乗り込んで、各スタッフと面接を行った。

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深夜スタッフに関しては、オーナー店への移行が確定した時点で、3人自ら辞めていきました。そして、もう一人も希望シフトと当方の希望シフトが合わずに自ら退いた。問題は、昼間のスタッフの選別だった。


ここの直営店では、早番7:00〜13:00 遅番11:00〜17:00というシフトがあった。

Aさん:早番遅番可能、土日祝日勤務可能で週4〜5日可能な20代前半の男性フリーター

Bさん:早番のみ可能、土日祝日勤務可能で週4〜5日可能な10代後半の女性フリーター

Cさん:早番遅番連続勤務必須、土日祝日勤務可能で週6必須な30代後半の主婦

Dさん;遅番のみ可能、平日のみ勤務可能で週3日希望の30代前半の主婦

マネージャーの勤務日時を考えれば、一目瞭然でDさんの脱落は避けられそうもない。

そこで、Cさんのシフトを少しでもDさんに分けられないものだろうか。面接で、Cさんのシフト減を打診してみた。

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しかし、見事に断られた。話によれば、勤務5年以上かけて勝ち得たシフトであり、生活がかかっているので絶対に減らせない、もし、シフトが減る可能性があるなら退職もやむをえず、その場合は早く教えて欲しいとのこと。

さらに、Cさんには小さなお子さんがいるため安定的な出退勤に疑問符がついた。

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しかし、若々しく明るく元気な様子は昼間のコンビニにはぴったりの人材だと思った。

私は、悩みに悩んだ。睡眠不足になるほど悩んだ。

直営店で、平穏無事に勤務していた人たちにとっては、まさにいい迷惑だったに違いない。

シフトをいじくられ、最悪強制退職を言い渡される可能性がある。

後日談で聞いた話だか、その選別の話は、直営店舗の本部担当から聞かされており、全スタッフ戦々恐々としていたらしい。自分がターゲットにされるかもしれないというネタで暗雲が立ち込めていたという。

一週間以上も考え抜いた末、やはりDさんを割愛するしか道はなかった。

オーナー店移行約一ヶ月前の某日、最終面談で、採用不採用を本人に伝えなければならない。

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「許して欲しいとか、理解してもらいたいなんて言える立場にないのは重々わかっています。でも、マネージャーの就業は絶対避けられないんです。シフト時間帯がマネージャーとかぶってしまうため、Dさんのシフトをマネージャーに譲っていただけませんか?こちらの、一方的なお願いで、本当に自分勝手だと非難されても仕方ありません。だた、申し訳ないとしか言いようがありません。本当にごめんなさい。もし、許されるのなら、なんとかお願いできないでしょうか。本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

そのようなセリフを絞り出して、頭を深々と下げて、受諾を乞いました。


「ふざけんじゃないわよ! 人をなんだと思ってるのよ! 自分勝手なこと言わないでよ!」

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そうキレて、罵倒されたら、少しは気が楽になれたかもしれない。

そりゃ、頭きますよね。いきなり現れた訳のわからぬオッさんに、突然、人がダブってしまったので辞めてくれなんて。

人間不信に陥りますよね。

彼女に一体なんの罪があるのだろうか。

もし、逆の立場だったら、本当に辛いだろう。いや、その立場にない以上、その辛さを理解できるなんて無責任な発言は許されるはずはないだろう。



Dさんは二言三言不平不満らしき文句を言って、涙を一杯溜めていた。

真っ赤な目で、私を睨みつける、その眼光を今でも忘れることができない。

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一人の主婦の職場環境を破壊し、剥奪して、気分がいいわけない。いくら、一ヶ月以上前の告知であれば、法律上問題ないとはいえ、気がひけるし、強く罪悪感を感じた。本当に心が痛かった。


静かに立ち上がり、事務所を後にした彼女は、その後仕事が正常にできただろうか。彼女の心情を考えれば、平常心で居られるわけなかっただろう。心底、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


なんとも、嫌な役割だった。

己が生きていくためには、仕方ない、止むをえないと自分に言い聞かせても、極度の自己嫌悪に陥った。


その後のCさんの話では、Dさんは子育ても一段落したので、土日もシフトに出て収入を増やしたいと言っていたそうだ。

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さらなる罪悪感に押しつぶされそうになった。

なんとも後味の悪い出来事であった。


しかし、彼女はまだ30代前半であったため、次の職もすぐに見つかったとのことでした。それが、せめてもの救いだった。


今、冷静に考えると、直営店を引き継ぐ前の人事権は、本部にあるんじゃないの?

いや、いや、いや、本部は綿密にその辺の割り振りを考えてその役割分担を明確に取り決めて、契約書に明記しているはずだ。(未確認だが多分)


この話には後日談がある。

私は、これで、少しは救われた気がした。


近隣に御三家が乱立して、店が傾きだした頃、ちょうど、Dさんが強制退職を余儀なくされてから4年位経過した頃の話です。ちょうど昼間のスタッフさんが辞めて、昼シフトが不足気味な時期がありました。そんな時期に、たまたまCさんに会いにDさんが店舗に訪れたという話を聞きました。

私は、過去の贖罪という意味合いも含めて、Cさんを通して、復帰のラブコールを送らせて頂きました。本当に戻ってきてもらいと思いました。


しかし、見事に一蹴されました。



理由は、もう既に現職の仕事が軌道に乗っているし、その仕事が気に入っているとのことでした。

そりゃ、そうですよね。

「今更、何言ってんの?身勝手なこと言わないでよ、この恥知らず!」

と思われても仕方ないですよね。



そして、なんとご本人が後日店にたまたま現れたので、当時の非礼とひどい仕打ちを再び丁重に詫びました。

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「あの時は、仕方なかったですよね。もう、なんとも思ってないですから。」

本当だろうか?

しかし、私は、なんとか少し救われた気がした。



しかし、Dさんの怒りと悲しみに満ちた、涙で潤んだあの瞳は、永遠に忘れられない。同じように、彼女の心の傷も永遠に癒えることはないのかもしれない。そう考えてしまう私は、永遠にそのフラッシュバックから解放されないだろう。

まあ、仕方ないか。罪と罰だろう。

コンビニのリロケート(移転)には、このような精神的苦痛リスクも伴う。(あくまでも、低ランク契約で、直営店を引き継いだ場合に限定されますが)


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そのリスクを回避するために、リロケートの時には、既存スタッフを公平に全員解雇するという荒技(総入れ替え)を断行するオーナーもいる。そうすれば、新店同様のオープニングスタッフとしての採用が可能となるため、新戦力も集まりやすい。また、変な既存ルール、雰囲気もないため、スタッフにとってはプラスだろう。さらに、目に見えない既存不正行為の撲滅のためにも、店にとってもプラスだ。

しかし、オーナーの仕事は一時的に多くなり、かなりの困難を抱え込む可能性も避けられないだろう。

また、問答無用で切られた既存スタッフさん達も納得がいくわけなかろう。当然、強烈な恨みを買うかもしれない。

しかし、これがコンビニ経営(奴隷?)の現実だ。

人様の痛みなどかまっていられなくなってしまうのだろう。

でないと、自分が生活できなくなってしまう。


だが、冷静に考えれば、誰でも理解できる。

マネージャー(奥様)の協力は前提条件だが、スタッフさんたちの協力なくしては絶対に成り立たないのがコンビニ奴隷契約だ。

オーナー様だ!と威張り散らして、パワハラ、セクハラオンパレードでは、限界が見えてくる。

運命共同体として、いかにご協力いただくことができるかがメインテーマだ。



「オメー、偉そーにンな甘いこと言ってっから、落ちぶれたんじゃね?」


かもしれませんね。(苦笑)


でも、人は独りでは、何もできないと痛感したのは事実でした。



ご訪問ありがとうございました。



posted by Sun9 at 01:46| 事件簿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする